藪田貫『大塩平八郎の乱』(中公新書2022)

藪田貫『大塩平八郎の乱(中公新書2022)読了。大塩の乱については、限られた史料ながら手堅い推論としっかりした文体でもって人物と事件を描き出した、幸田成友大塩平八郎』(中公文庫;1910)が古典である。森鷗外歴史小説は幸田に依拠したものである。

藪田の新著は、その後の多くの史資料および多くの研究を踏まえての集大成として位置付けられよう。特に、蜂起前日に江戸の老中らに送った密書に注目して、一敗地に塗れたのちに40日近くも街中に潜伏した大塩父子は、江戸からの反応を待ち望んでいたという解釈は注目される。つまり、《蜂起前日に密書を江戸へ急送し、水戸斉昭や老中、学問所総裁の林述斎らへの諫言や実情報告が含まれていた事実である。しかし密書は有名な伊豆韮山の代官・江川英龍が入手し、幕府への報告が遅れたこともあり、平八郎は潜伏先の太物商(木綿問屋)美吉屋に踏み込まれ、逮捕直前に自決したのであった。》

本書は、「武士の町としての大坂」に注目し、大坂の統治機構奉行所の町支配の実際や、町人との関係などに踏み込み、乱の背景を詳しく記述していることも特徴的である。ただ、その分、多くの人名、多くの地名が出てきて、時と場所について不案内な読者にとっては敷居が高い記述となっているのではないかと危惧される。

なお、大塩の事績としてあげられてきた京阪キリシタン一件については、近年発見された吉野作造旧蔵の「邪宗門吟味書」という公的資料に基づき、大塩の判断が間違っていたとしているのも興味深い。先にあげた幸田成友の著作は、老中の指示によって書き換えられた『邪宗門一件書留』に依拠しているという。公的文書の改竄がなされていたのである。