田中綾『非国民文学論』の明石海人論

田中綾『非国民文学論』第1部「非国民文学論」の第2章「〈幻視〉という生ーー明石海人」は、ハンセン病文学者・明石海人というこれまでのイメージを超える圧巻だった。もっと言えば「ハンセン病文学者・明石海人」という観念を超出する「文学者・明石海人」観念を導出する強烈な論考である。
明石を同人に迎えた前川佐美雄の主宰する『日本歌人』1936年9月号は発禁となったが、それは詞書に「二・二六事件」と記される明石の次の二首が忌避されたものと言われる。
  叛乱罪死刑宣告十五名日出づる国の今朝のニュースだ
  死をもつて行ふものを易々と功利の輩があげつらひする
「癩は天刑である」と言葉を紡ぐ明石はこの5ヶ月前に「天刑」と題する詩で次のようにうたっていた。
  私は抛(な)げられた死刑囚
ここに二・二六の死刑囚と重ねて生を幻視する明石がいる。その幻視は、『日本歌人』の同人であり、二・二六をうたった斎藤史と交錯する。田中綾『非国民文学論』第1部「非国民文学論」の第2章「〈幻視〉という生ーー明石海人」は、ハンセン病文学者・明石海人というこれまでのイメージを超える圧巻だった。もっと言えば「ハンセン病文学者・明石海人」という観念を超出する「文学者・明石海人」観念を導出する強烈な論考である。
明石を同人に迎えた前川佐美雄の主宰する『日本歌人』1936年9月号は発禁となったが、それは詞書に「二・二六事件」と記される明石の次の二首が忌避されたものと言われる。
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  死をもつて行ふものを易々と功利の輩があげつらひする
「癩は天刑である」と言葉を紡ぐ明石はこの5ヶ月前に「天刑」と題する詩で次のようにうたっていた。
  私は抛(な)げられた死刑囚
ここに二・二六の死刑囚と重ねて生を幻視する明石がいる。その幻視は、『日本歌人』の同人であり、二・二六をうたった斎藤史と交錯する。田中綾『非国民文学論』第1部「非国民文学論」の第2章「〈幻視〉という生ーー明石海人」は、ハンセン病文学者・明石海人というこれまでのイメージを超える圧巻だった。もっと言えば「ハンセン病文学者・明石海人」という観念を超出する「文学者・明石海人」観念を導出する強烈な論考である。
明石を同人に迎えた前川佐美雄の主宰する『日本歌人』1936年9月号は発禁となったが、それは詞書に「二・二六事件」と記される明石の次の二首が忌避されたものと言われる。
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ここに二・二六の死刑囚と重ねて生を幻視する明石がいる。その幻視は、『日本歌人』の同人であり、二・二六をうたった斎藤史と交錯する。