篠田謙一『江戸の骨は語る 甦った宣教師シドッチのDNA』(岩波書店2018)を読む

篠田謙一『江戸の骨は語る 甦った宣教師シドッチのDNA』(岩波書店2018)読了。

 吉野作造には論文集『主張と閑談 新井白石とヨワン・シローテ』(文化生活研究会1924)という本がある。この「ヨワン・シローテ」とは1708年、禁教下の日本は屋久島に潜入して捕らわれたイタリア人宣教師ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッチ(1668-1714)である。江戸において新井白石が尋問し、『西洋紀聞』『采覧異言』を著したことによっても知られる人物である。新井白石の『西洋紀聞』は、明治になって箕作秋坪大槻文彦が校定して1882年、白石社から刊行している。ちなみに、『言海』で有名な大槻文彦は吉野が仙台中学校に在学していた時の校長を務めていた。

 わたしも20年ほど前に、文京区茗荷谷駅から拓殖大学に行った時、シドッチが捕らわれ尋問を受けたという「切支丹屋敷跡」を訪ねたことがある。坂道を下って行った記憶がある。

 そのシドッチの骨が発見されたという報道(2016年)に接して驚いた記憶がある。その後、本書が刊行されたことを知ったが、このたびようやく読むことができた。シドッチの宣教師としての役割などについては別に新しい知見が示されているわけではないが、屋敷から発掘された三体の人骨を鑑定してその一体がシドッチであると同定していくプロセスは、とてもスリリングで、驚くべきものであった。具体的にはぜひ本書にあたっていただきたい。

 発掘報告書は別に刊行されているが、本書は、鑑定の中心を担った国立科学博物館の著者があとがきで述べるようにインサイド・ストーリーとして描かれている。それには理由がある。それは、科学者が何を考えどのように研究を進めたかについて読者と共有することである。そのため、科学研究の実際(人骨の形態学的研究、DNA分析、核ゲノム解析)とその日進月歩を伝えるとともに、研究をめぐる資金的・人的課題、また行政主体(本書の場合、文京区教育委員会)との関わりと制約についても明記して、科学の置かれている現状を読者に知ってもらうことを著者は意図した。

 対象が人骨であること、著名なシドッチである可能性があること、などもあって行政側も慎重にならざるを得なかった(区教育委員会には手に余る課題だったかもしれない)だろうが、著者らの鑑定結果が出ても、報告書完成までは、研究していることも秘すること、学会発表も控えることなど厳しい条件が付けられた。それは、発掘が、教育委員会から外部委託された民間組織によって行われ(下請け)、骨の鑑定を依頼された国立科学博物館チームはその更なる委託(孫請け)と位置付けられたのではないか、と著者は見ている。財政的問題と絡む構造的な問題なのである。

 公表にあたっては、国立科学博物館が主体となって、シドッチの復顔を作成して展示会を行い、大いに好評を博したという。

 今日の科学研究の先端を示すとともに、その危機の様相を示したものとして、本書は高く評価するに値する。